ロシア・ウクライナ戦争を考える(2)プーチンのナショナリズム?



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「この戦争はグローバリズムとナショナリズムの戦いなのだから、私はプーチンを支持する」という考えを見てきた。YouTubeではけっこうおなじみの意見である。

ぼくはここ30年ほどの「グローバリズムとリベラリズムの行き過ぎ」を危惧してきたが、かといって19世紀的なナショナリズムに回帰するのがよいとはまったく考えない。ましてや前近代的な鎖国などは妄想でしかないと思う。したがって、こういう考え方はちょいと危ういなと思っている。

このような議論が「プーチンは反グローバリズムでナショナリズムだ。われわれも反グローバリズムでナショナリズムだ。だから、プーチンとわれわれは仲間だ。」といった単純すぎる3段論法ではないことを祈っている。とりわけ単純すぎる二項対立的世界観(グローバリズムvs.ナショナリズム)との組み合わせはヤバいだろう。

そこで、今回はプーチンのナショナリズムというのが如何様のものなのかを見ておくことにしよう。

プーチンのナショナリズムを以下に要約してみる。

1 ロシアには歴史的使命がある
2021.10ヴァルダイ会議で「ロシアはただの国ではない。ロシアは文明である」と発言している。
次のような趣旨である。
ロシアは西洋近代文明とは異なる独自の価値体系を持つ文明である。
ロシアは千年の歴史あるぼ文明国家だが、単なる国家ではなくユーラシアを統合する文明であり、スラブ民族の共同体であり、ロシア正教会を中心とする共同体である。
したがって、ロシアは、西洋近代文明の世界を克服して、新たな文明に導いていく歴史的な使命を持っている。
これがプーチンの政治と戦争の原点である。

2 反西洋・反リベラルという立場
プーチンは西洋諸国(日本も含まれる)を「堕落し、伝統を失った滅びゆく文明」とみなしている。これにロシアの伝統的価値を対置している。具体的には、LGBTQ+の人権や多文化主義・多様性という価値観などを批判し、家族・宗教・国家主義(ナショナリズム)を重視する。
「われわれは伝統的な価値を守り、それを将来世代に継承することに全力を尽くす」(2022.年次教書演説)
こういうところにトランプとその仲間たちや欧州の右派政党が共感している。日本の保守派の一部がプーチンを支持する理由もそこれだと思われる。「家族・宗教・国家」といわれれば、欧米のエリート・リベラルがここ数十年否定してきたことなので、共感できる方も多いだろう。

3 ロシア世界を統合する
「ロシア世界(ルスキー・ミール)」という概念も重要である。
ロシア語・ロシア文化・ロシア正教会を共有する人々とそれが住む地域が「ロシア世界」だととらえる。それらを保護し、再統合することがロシアの国家的な使命になる。
2014クリミヤ併合とウクライナ東部への介入、2022ウクライナへの全面侵攻は、この使命の実践だといえる。したがって、ウクライナ全土の併合がこの戦争の目標であり、ベラルーシやカザフスタンなど(旧ソ連のの一部)もその対象となる。
「われわれはロシア世界を守らなければならない。それはわが国の道徳的責務である。」(2014.クリミア併合後の演説)

4 ウクライナの国家主権は認めない
3にもとづけば必然的にウクライナは主権国家ではなくなる。
「ウクライナにおける真の主権は、ロシアとのパートナーシップによってのみ可能である。」(2021.7論文「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」)
プーチンはウクライナを「人口国家」(歴史と伝統にもとづかない)であるとし、クライナ人とロシア人は「一つの民族」であると言っている。ウクライナはウクライナ人の国家ではない。
この戦争はこの思想を現実化するために行われている。

5 ソ連崩壊の借りを返す
「ソビエト連邦の崩壊は20世紀最大の地政学的悲劇だった」(2005.年次教書演説)
プーチンはソ連崩壊後に起きたロシアの危機を重視する。それは欧米の自由主義・個人主義がソ連を食い破って、祖国を滅亡に追い込んだからだ。しかも、崩壊後のソ連をハイエナのように漁って、残ったロシアさえ崩壊させようとした欧米の資本主義に大きな恨みを持っている。
これがプーチンの戦うエネルギーの原点(怒り)であるように見える。
したがって、ソ連邦がやってきた諸国民に対する残虐非道な抑圧体制をまったく反省していない。

6 第二次世界大戦の勝者の歴史観
第二次世界大戦(大祖国戦争)をロシア民族の英雄的勝利として国民統合の要としている。これは第二次世界大戦をロシア=ソ連がナチスという悪に勝利した正義の戦争とみなす「連合国史観」にほかならない。この歴史観がプーチンの思想の前提になっている。したがって満洲・樺太・千島の日本軍を攻撃してこれを手に入れた心がいまもなおプーチンにあることを意味している。

◆以上、一部共感できるものもあるが、全体としてプーチンのナショナリズムは文明的・歴史観的な使命感にもとづく帝国主義回帰思想であることがわかるだろう。ズバリ言えばロシア伝統の「大ロシア主義」である。大ロシア主義は健康なナショナリズムとはいいがたい。とくに隣国であるわが国にとってはあまり歓迎できない思想ではないだろうか。

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この記事を書いた人

昭和24年、埼玉県生まれ。昭和59年、大宮市の小学校教員に採用される。大宮教育サークルを設立し、『授業づくりネットワーク』創刊に参画。冷戦崩壊後、義務教育の教育内容に強い疑問を抱き、平成7年自由主義史観研究会(藤岡信勝代表)の創立に参画。以後、20余年間小中学校の教員として、「日本が好きになる歴史授業」を実践研究してきた。
現在は授業づくり JAPAN さいたま代表として、ブログや SNS で運動を進め、各地で、またオンラインで「日本が好きになる!歴史授業講座」を開催している。
著書に『新装版 学校で学びたい歴史』(青林堂)『授業づくりJAPANの日本が好きになる!歴史全授業』(私家版) 他、共著に「教科書が教えない歴史」(産経新聞社) 他がある。

【ブログ】
齋藤武夫の日本が好きになる!歴史全授業
https://www.saitotakeo.com/

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