渡邉校長講話「春分の日と春季皇霊祭」



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船橋市立船橋小学校の渡邉尚久(たかひさ)校長先生は祝祭日の前に、その日が休日になる意味や歴史的な背景、その日をめぐる民俗的な習慣などについて全校の子供たちを集めてお話ししています。これは渡邉先生の「学校づくり」に欠かせない全校授業の一つになっています。

子供たちはその日がお休みになるのはそういうわけだったのか!と理解しますが、ただ休日についての知識を覚えるだけではありません。すべての祝祭日について一年間学ぶことを通して、子供たちはゆっくりゆっくり「日本国民」になっていくのです。日本に生まれたら日本国民だろうと思われるかもしれません。カタチのうえではそうですがこころがそうではありません。戦後の学校には「日本を好きになれなくする教育内容」や「日本を好きになれなくするタブー」などが組み込まれているために、「国民としての自覚」(学校教育の目標)が育ちにくくなっているからです。

祝祭日のお話を繰り返し聞くことを通して、子供たちは日本の素晴らしさに気づき、日本人の一人であることに誇りを持てるようになります。また祝祭日について学ぶことは、おのずから日本が天皇陛下を中心にまとまってきた長い歴史を持つ国だという事につながります。子供たちの中に「皇室への理解と敬愛の念」(文科省学習指導要領)が育っていきます。

これをめぐる子供たちのエピソードにもたくさんありますが、ここでは省略します。たぶん全国の小学校の中でも子供たちの自己肯定感がたいへん高い学校だと思います。ぜひ自己肯定感の全国調査をやってみるといいでしょう。

全国の校長先生がこういうお話ができるようになるといいのですが、現状は難しいようです。せめて担任の先生が子供たちにお話しできるといいですね。保護者の家庭教育にもとてもいい話題です。

では、そのお話を紹介します。ぜひ最後まで読んでみてください。

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【春分の日は春季皇霊祭】(船橋市立船橋小学校校長 渡邉尚久)

ここ最近、「渡邉先生、祝日の話、子供たちにしました。有難うございました」というメッセージをよくいただくようになりました。

もうすぐ春分の日が来ます。今回も高学年対象に作成してみました。ロングバージョンですので、自分の学級の実態に応じてお話いただけると幸いです。未だ、このような内容にアレルギー反応を示す方もいらっしゃるのでお気をつけください。

(ここから)

3月にも国民の祝日がありますが、何日で何の日か、わかりますか。答えは、21日で「春分の日」。自然をたたえ、生物をいつくしむ日となっています。

この春分というのは、二十四節気の一つです。二十四節気とは、一年を24に分け、季節の移り変わりがわかるようにしたものです。(※場合によっては、二十四節気については別途指導)

昼と夜の長さがほぼ同じになり、この日を境に昼間の時間が長くなっていきます。

春分の日を中日(ちゅうにち)とし、その前後3日間、計7日間を春の彼岸と言います。(今年は3月18日から24日までだね)よくお彼岸っていうけど、そのことです。秋には秋分の日、というのもありますが、基本的には同じことです。

「暑さ寒さも彼岸まで」、なんて言葉があるように、この頃は、季節が急に移り変わる時期。しかも、米作りで生きてきた日本人には、苗代づくりや稲刈りの目安にもなる大事な節目だったわけです。

日本にはこの春と秋のお彼岸という節目に、ご先祖様の墓参りをする(仏教の)行事があります。といっても、この行事、日本ならではの行事なんです。

では、なぜ、お彼岸にご先祖様の墓参りをするのか。

日本人はもともと太陽を大事にしてきましたから、太陽が真東から昇り、真西に沈む日を経験的に特別な日だと感じていたのでしょう。

そんな日本人の感覚と、西の方向にある彼岸、つまり、あの世と真西はつながりやすいと考えられている仏教の教えとが合わさり、ご先祖様を供養し、墓参りをするという習慣が育まれていったようです。

ちなみに、今から1200年前に出された『日本後記』という書物を紐解くと「天皇の皇子(みこ)のために、春分・秋分を中心とした7日間、お経を読ませた」と書かれており、1200年前の平安時代にはすでに、春分・秋分の日が意識されていたことがわかります。

では、お彼岸には何をして過ごすべきでしょうか。

やはり、ご先祖様のお墓参りでしょうし、自分のこれからを考えることができれば、それはきっと有意義なものになるでしょう。もし、お墓参りができなくても、無理のない範囲で、自宅で手を合わせるだけでも、ご先祖様はきっと喜んでくれるでしょう。

ちなみに、お彼岸に必要なものといえばお供え物。

お供えといえば、おはぎとぼたもち。この違い、わかりますか。

実は基本的には同じです。一説には、萩(はぎ)の花は秋に咲くから秋の彼岸は「お萩」、牡丹(ぼたん)は春に咲くから「牡丹餅(ぼたもち)」と呼び分けるとも言われています。

また、小豆の収穫時期の違いもあります。

秋は収穫したばかりの小豆が使えて、皮まで柔らかく食べられることから、皮も一緒に炊いた「つぶあん」。春は、一冬越した小豆の皮が硬いため、皮を除いた「こしあん」を味わうのがツウ!なんです。

さらにお餅は昔から特別な力を持つ食事として特別な日に用意されてきました。

同じく小豆も、赤い色には邪を払う不思議な力があると考えられ、縁起の良い食べ物として好まれてきました。

おはぎはお正月のお餅と違って、もち米とうるち米を蒸して丸めればできあがりだし、小豆は煮るだけでくずれて粉になり、砂糖を混ぜてこねればあんこにすることができたので、各家庭でも簡単に作れ、折に触れてお供え物に利用されてきたのです。

私たちの生活に根付いた「お彼岸」。日本の気候風土が育んできた行事であることがわかります。

さて、日本人は、「人もまた、自然の一部である。」という世界観のもとに、自然に優しく抱かれながら、山川草木はもとより、すべての生きとし生けるものと共に、生活をしてきた民族です。

だから、春分の日が「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」だと言われれば、「へえ~、そうなんだ」と納得してしまいそうですが、なぜ、お彼岸の日にこの意味なんだろうと思えば思えなくもありません。

そこで、この奥にはもっと何かあるのではないかと思い、調べてみました。すると、驚くべきことがわかってきたのです。

これを見てください。何か気が付きましたか。

・紀 元 節⇒(空白)⇒建国記念の日

・春季皇霊祭⇒春分の日

・秋季皇霊祭⇒秋分の日

・新 嘗 祭⇒勤労感謝の日

例えば、春分の日は、もともと「春季皇霊祭」という日でした。

どんな日かというと、毎年、春分の日に、宮中の皇霊殿で天皇陛下が歴代天皇のご先祖様の霊を祭る日でした。天皇陛下のご先祖様を祭る式なのですから超重要な日ですよね。なくなるって何?って感じです。

他の例を見ると、2月に説明をした建国記念の日ももともとは紀元節という名前でした。他には、新嘗祭が勤労感謝の日に変わっています。

では、なぜ、こんなことが起きたのか。

この祝日の法律が変わった年を見ればわかります。

昭和23年です。

78年前、日本はやむを得ずアメリカと戦争になり、残念ながらアメリカに負けました。日本は戦争に負けたことで、昭和20年8月28日にアメリカ軍が日本に乗り込んできて、昭和27年4月28日までアメリカの占領下におかれました。日本は主権のない状態に置かれていました。祝日の法律が変えられたのはその間でした。

この占領下において、アメリカは日本が再びアメリカの脅威とならないようにするため、日本の脅威を限りなくゼロにすることを目標にした占領政策を始めたのです。

アメリカは、占領していることをいいことに、日本のありとあらゆることを変えていきました。

まず、手をつけたのは「憲法」でした。今の日本国憲法は、アメリカの占領下に置かれている時に、アメリカの意向に沿って昭和22年に作られたものです。(いいんでしょうか)

さらに昭和23年、「国民の祝日に関する法律」も改正され、それまで日本人が持っていた伝統的な祝祭日への意識を一変させられました。もともと、祝日ではなく、祝日と祭日を合わせて「祝祭日」だったのです。

「祝日」は新年や天皇陛下の御生誕日という節目を祝う日で、「祭日」は天皇が国家と国民の安寧と繁栄を祈ったり、天皇陛下のご先祖様をお祀りしたりする日で、要は、天皇陛下に関することが祝祭日になっていたわけです。

アメリカは当然、そのことは研究済みです。

そこで、天皇陛下と国民の強いつながりを断つために、祝祭日を否定したのです。

建国記念の日の話を覚えているでしょうか。

アメリカから独立した際には、日本国内では紀元節を復活させろという国民運動が起こりました。時間はかかったのですが、建国記念の日と名称をかえ、今に至ります。

私的な行事とされてしまった春季(秋季)皇霊祭、天皇陛下によって行われていますが、春季皇霊祭は春分の日、秋季皇霊祭は秋分の日はそのままです。

いまや、国民運動にさえならない。

それどころか、国民の祝日に関する関心など持っている人を見つける方が難しい。ほとんどの方が、祝日がどんな日か、もともと祝祭日で、本来どんな日であったかわからなくなりつつある。当たり前です。70年以上も前につぶされたのですから。

今や日本国民のほとんどが、自国の歴史や伝統に関心がない。

アメリカは、78年前に今のような日本を思い描いていたのでしょう。今の日本は、アメリカが当時、思い描いた日本そのものです。

有り難く休んでいる今の休日は、本来祝うべき日を廃止されたり、意味を変えられたりした日本にとって屈辱と言える日なのです。

日本の国は今の我々ためだけのためにあるわけではありません。

神話の時代、いや、もっとはるか昔からのご先祖様と、今を生きている我々と、これから生まれてくるであろう未来の日本の子孫の為にあるのです。

もう、いい加減、気づきませんか。知らないふりをするのはやめませんか。

そのためにも、まずは、春分の日をはさんだお彼岸に、自分のご先祖様の墓参りにいきませんか。そして、これからの日本について本気で考えませんか。

牡丹餅でも食べながら。

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この記事を書いた人

昭和24年、埼玉県生まれ。昭和59年、大宮市の小学校教員に採用される。大宮教育サークルを設立し、『授業づくりネットワーク』創刊に参画。冷戦崩壊後、義務教育の教育内容に強い疑問を抱き、平成7年自由主義史観研究会(藤岡信勝代表)の創立に参画。以後、20余年間小中学校の教員として、「日本が好きになる歴史授業」を実践研究してきた。
現在は授業づくり JAPAN さいたま代表として、ブログや SNS で運動を進め、各地で、またオンラインで「日本が好きになる!歴史授業講座」を開催している。
著書に『新装版 学校で学びたい歴史』(青林堂)『授業づくりJAPANの日本が好きになる!歴史全授業』(私家版) 他、共著に「教科書が教えない歴史」(産経新聞社) 他がある。

【ブログ】
齋藤武夫の日本が好きになる!歴史全授業
https://www.saitotakeo.com/

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